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泣き虫忍者の日記帳(SicxLives ~Link&Link&Link~)
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焔の月 十六日目

 ――私にも友達と言える人達がいた。

 小さいけれど凄い先輩。行動的で活発な同級生。

 そして――




 その子は、とても大人しい子だった。
 勢いがあって、ともすれば暴走しがちな二人とは対照的に、彼女は多少なり落ち着いていて勢い余る二人の諌め役だった。

 彼女の家は名家に含まれる家系で、鴉の家と同じように強い影響力を持っていた。
 そこの次女として産まれた彼女は、だから本来、くノ一科に入るような人間じゃなかったのだ。

 けれど――、

 ……忍びの家には、一子相伝、長子にだけ技を教えるという家も、まだ少なからず残っている。
 彼女の家はそういう家だった。

 それでも普通なら万一の予備として大事にされるものなのだけれど、彼女が大事にされていたかと言うと、そうでもなかった。

 まず、あまり体が丈夫ではなかった。
 忍びの訓練はそれなりに過酷だ。技を修めるのも並大抵のものではない。私が受けていたものよりはマシだっただろうけども、それでも彼女には厳しく、頻繁に体調を崩していたらしい。

 だから予備としては不適格でもあった。
 予備が先に死ぬような事は、あってはならなかったのだ。

 そして、彼女に弟が出来た。

 その弟は姉と違い体も丈夫で、その素質も十分だった。
 何より男の子だ。
 体も弱く、女子であり体格に劣る彼女は、弟が出来た途端に不要とされてしまったのだ。

 彼女にしのびとしての才能が無かったわけじゃない。
 むしろ彼女は才能に恵まれてすらいた。

 けれど、生き残る事が大前提となれば、彼女はやはり失格なのだった。

 それでも暫くは訓練も続いたそうだ。

 彼女の親も、その才能には思うものがあったのかもしれない。
 扱いこそ良かったとは言えなくとも、頑張ろうと前向きに思えた、と彼女は言っていたらしい。

 だというのに。

 何年か後、彼女はくノ一科に入れられることになった。

 そこでの授業は、それまでの訓練に比べたら、体力的には辛くなかったそうだ。
 けれど、心の方は付いていかなかった。
 彼女はやはり何度も体調を崩していたらしい。

 くノ一としても、やはり彼女は優秀だったと聞いた。
 飲み込みは早く、技術を見につけるのも早かった。その上、忍びとして受けた訓練が生きて、良く褒められはしたそうだ。

 でも彼女の心は、磨り減るように疲れていった。

 私はその頃の彼女を知らないのだけど、随分と暗く、荒んでいたらしい。
 私の知っている彼女は、大人しくはあったけどはっきりしていて、明るく優しかったから、随分と驚いたのを覚えている。
 彼女にとって、先輩との出会いはそれほどに大きな意味があったのだろう。

 先輩と出会ってから彼女に何があったのか。その辺りの事はわからない。
 先輩の事だから大方想像はつくけれど、それはあくまでも想像だ。
 私の知っている彼女の過去は、こんな程度だ。
 今思えば本人からもう少し色んな話を聞いておけばよかったと、そう思うこともある。
 けど、今更だ。
 今となっては、どう思おうと意味がなかった。

 戦争が始まって、少し経った頃。
 私が何度目かの仕事を終えて、先輩が任務を受けて旅に出た後だから、半年ほど経った頃だろうか。

 彼女もまた、里を離れていった。
 長期の任務を言い渡され、任地へと向かっていったのだ。

 彼女はそつなく仕事をこなしていったらしい。
 二年近い間、彼女は敵地に潜み、多くの成果を挙げたそうだ。

 そして、十分に役目を果たした彼女に、最後の指令が下りた。
 彼女が近づいた、敵方の要人。その殺害だった。
 その任務を終えて里に帰れば、お役御免となるのだそうだ。

 私はそれを、任務中に偶然知る事になった。
 そして、自分の任務を半端に放棄して、彼女の元に向かったのだ。

 要人の暗殺、その後の脱出。
 彼女の本来の能力なら、不可能な事ではなかった。
 殺害自体は難しくないだろうし、脱出だってサポートはある。
 けれど、その時の彼女に、それだけの力はなかった。
 彼女は、病に伏せていたのだ。

 私が彼女の任地へと駆けつけたとき、既に騒ぎが起こっていた。

 私はその時、心のそこから彼女の凄さを思い知った。
 彼女は真っ直ぐ歩く事も困難な状態でさえ、任務を実行し、既に脱出していた。私の予想よりも、彼女はずっと強かった。

 けれど、任務は失敗していた。

 要人は生きていた。
 このままでは彼女は追われる身となり、何人もの追っ手が彼女に差し向けられる事となる。既に少なくない数の追っ手が彼女を探している事だろう。

 私は彼女の変わりに任務を果たし、追っ手の足を止め、彼女を探した。

 ……運が良かった、と言うのだろうか。

 不幸中の幸いにも、彼女は助かっていた。
 旅の二人組みに助けられ、なんとか逃げ切ったようだった。

 奇妙な偶然が重なったのか。彼女を助けた茜色の髪の大剣士と、その弟子らしき人物にも見覚えがあった。
 私が放棄した任務で、私の邪魔をしていた二人組みに違いなかった。
 敵対してはいたものの、敵方の人間というわけでもなく、実力は十分。そのお人よし具合も中々の物で、信用しても大丈夫そうだった。
 だから私は、彼女と顔も合わせず二人に任せ、里へと戻る事にした。

 遠めに見た彼女は、とても衰弱していて、一人で歩くのも難しい様子だった。
 それでも、彼女は帰りたいという意思を持っていた。
 けれど、今の里に、彼女を出迎えるような人間はいない。
 だからせめて、私だけでも彼女を迎えてあげたかったのだ。

 そして私はひたすら待ち続けた。
 その間、とても不安な気持ちで一杯だったけれど、それでも彼女が帰ると信じて、待ち続けた。

 そして三日が経って。
 彼女は、戻ってきた。

 背負われていた背中から下りて、自分の足で、一歩ずつ。
 何度も転びながら、自分の足で。

 倒れこむように私の下に辿りついた彼女を、力いっぱい抱きしめた。

 彼女の体は、枯れ枝のように細く、鼓動も弱弱しく、今にも消えてしまいそうだった。

『ただいま、揚羽ちゃん』

「……おかえりなさい」

 ――それからあまり日をおかず、彼女はこの世を去った。

 彼女と旅の二人と一緒にすごした時間、そして彼女と二人で過ごした最後の時間。
 未だに覚えている、忘れる事のできない夜。
 彼女と話が出来て、間違いなく幸せな気持ちでいられた。

 最後まで、彼女は笑っていてくれた。笑顔だった。
 だからきっと、彼女も幸せな気持ちで居てくれたのだと。だったら良いな、と思う。

 彼女が逝って、一人になって。
 私は、自分がまだ涙を流せる事に気づく事ができた。
 悲しい事が在りすぎて、とっくに枯れたと思っていた涙は止まらなくて。

 私は夜が明けるまで、彼女の亡骸の上で、涙を流し続けた。



 ――目が覚めて、私は自分が眠っていた事に気がついた。

 久しぶりの野宿。
 見張りを代わってもらって、テントに入って直ぐ眠ってしまったらしい。
 それにしても、懐かしい夢だった。
 懐かしい、とは言ってもまだ何年か前の事でしかないのだけど。

 あぁ、そういえばもう、皆のお墓参りに行けないんだなぁ。
 アンジニティに来て悪い事もないと思っていたけど、少しだけ、あの世界に還りたくなった。

「……で、その」

 私はそこでようやく目を開いた。

「何してるんですか、シンシアさん」

 まぶたを開くと、シンシアさんが私の顔を覗き込んでいた。
 しかもなぜだか見下ろされてる。そしてなぜだか距離も近い。

 ……えっと、これは一体どういう状況なのでしょう。

 困惑する私に、シンシアさんは少し言いづらそうにして、

「……泣いてたから」

 何かを思い出すように、そう言った。

「……泣いて?」

 言われて頬に触れてみると、確かに濡れていた。

「あ、ほんとだ」

 いつの間に泣いていたんだろう。
 あの時の夢を見たからかな? なんにしても、見られちゃったのはちょっと、恥ずかしいな。それに、

「でも、なんで膝枕……」

 後頭部がこう、暖かくてやわらかくて、余計に恥ずかしい。

「昔、私が泣いてたときに母様がしてくれたんだ」

 落ち着かないか? と、シンシアさんは首をかしげた。
 確かにそう言われてみると、そんな気もする。ちょっと気恥ずかしいのはあるけれど、

「……そうですね、落ち着くかもしれません」

 いつの間にか、どこかほっとするような、安心するような暖かい気持ちになっている。
 この優しさは、暖かさはきっと……。
 自然と、頬がほころぶようだった。

「シンシアさんのお母さんは、暖かい人なんですね」

「ああ、優しい人だ。少々口うるさいところもあるが……立場上仕方ないしな」

 ちょっとだけ苦笑が混ざったけれど、口調には親しみがこもってる。きっと仲もいいのだろう。

「ふふ、やっぱりそうなんですね。シンシアさんも優しいから、きっとそうかな、って」

 言って、一抹の寂しさが顔をのぞかせた。

「私には、よくわからないですけど……」

 ずっと忘れていたけれど、昔はよく、寂しくて泣いていたっけ。
 お母さんに会いたい、そう思ったこともあったと思う。
 だから、お母さんとの思い出があるシンシアさんが、ちょっとだけうらやましくなった。

「お母さんがいたら、私もこんなふうに膝枕してもらえたのかな……」

 こんな風に、優しくしてもらえたんだろうか。

「……私でよければいつでもしてやれるのだが……」

 シンシアさんは困ったようにそう言って、私の髪を撫ぜた。
 指が流れる感覚が、妙に心地良い。

「えへ、たまになら、してほしいかも……」

 こういうのも、やっぱり、悪くない。
 ううん、むしろこうして誰かと触れ合っているのは、安心すら感じる。
 こんな私でも、誰かの傍に居られるんだと思える。

「でもちょっと、くすぐったいですね」

 私がそういって身じろぎすると、

「ああ、すまん」

 シンシアさんはすぐに手を止めてしまった。

「あっ……」

 と、小さく声を上げてしまって、あわてて口をつぐんだ。

「…………」

「…………」

 シンシアさんは何も言わず、また手を伸ばして髪に触れる。

「…………」

 ……シンシアさんは、時々意地悪だと思う。



「……そういえば、何故泣いていたんだ?」

 そのまましばらく撫でられていて、ふと思い出したようにシンシアさんが言った。
 ああそういえば、私は泣いていたんだっけか。
 この状況が心地よくて、すっかり忘れていた。

 さて、なんでだろう。
 そもそも寝てる間だったし、泣いてる自覚も無かったんだけども。
 けれど、理由は何かといえば、あの夢に違いない。

「……夢を、見たんです。大切な友達の」

 口にしてみるとやっぱり、少しだけ寂しさがよみがえった。

「友達か……」

 シンシアさんはどこか複雑そうに呟いて、ぼんやりとどこか遠くを見ていた。

「……友達、という間柄は素敵だな」

 少しの間考えるように押し黙ると、そんな風に言った。
 ああ、もしかしてシンシアさんも友達少なかったのかな。そんな風に思った。

「……私も、多いわけじゃないですけど」

 むしろ少ないほうだ。
 というより、友達と呼べる相手は、三人しか思い出せない。
 非常に少ないと思う。
 それでも、あの三人との関係は間違いなく友達で、確かに素敵な関係だった。

「うん、あの頃はとても、楽しかった気がします」

 あの時間は確かに楽しく、幸せだったように思う。
 三人と一緒に居た時間は、私の中で特別な時間として今も残っている。
 けれど、

「ただ、もう誰もいないんですけどね」

 どれももう、過ぎ去った過去の思い出だ。
 また二度として再現されることのない、遠い思い出だ。

「ああ、そうか……」

 シンシアさんは気まずそうに口を噤んでしまった。
 気にしないで、と言うのも何か違う気がして、私もうまく言葉が出なかった。
 ただ、それでもシンシアさんの手は私に触れていて、優しくて。離れたくない、そんなふうに思った。

「……シンシアさんは」

 と、そこで一度言葉を止めた。

 一体私は、何を言うつもりなのだろう。
 言いたいことはわかっている。けれど、それを言ってしまったら、シンシアさんを縛ってしまう。
 離れたくない。そんな私のわがままはよくない。それは言うべきことじゃない。

「……シンシアさんは、居なくなったり、しませんよね……?」

 それでも、抑え切れなかった。

 この優しさを、温もりを失いたくない。もう、亡くしたくない。
 一緒に居てほしい。もう一人にはなりたくない。
 そんな思いで胸が苦しくなって、不安になって。シンシアさんが居なくなったらと思うと、途端に心細くなった。
 なんとか、泣かないで済んだと思う。
 それでも、見上げたシンシアさんの顔が、少し歪んでいるように見えた。
 シンシアさんはそんな私を、まっすぐ見下ろして、

「……居られる限りは傍にいよう」

 それはとても、らしい答えだと思った。

「……くす、シンシアさんらしいです」

 自然と笑みがこぼれていた。
 苦しかった胸がすっと楽になった。
 不安も拡散して、あの穏やかな安心感が戻ってくる。
 だから、また、眠くなってきた。

「あの、もう少しこのままで居ても、良いですか?」

 そう乞う私に、「ああ」と短い答えが返された。

「ありがとう、ございます……」

 私はまた目を閉じる。

 優しい手の温もりと、後頭部に暖かさを感じて、私はもう少しだけ眠ることにした。
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