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泣き虫忍者の日記帳(SicxLives ~Link&Link&Link~)
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焔の月 十二日目


 目が覚めると、外は真っ暗だった。

 まさか夜まで寝てしまったのかと慌てた後、いやまだ夜なだけだと考え直して、冷静になったら私が早く起きすぎただけだと言う事に気づいて、一人で恥ずかしくなった。

 そんな事を寝起きにやってしまったせいか、昨日までの二度寝で寝すぎたせいか。寝付くのが難しいくらいに目が覚めてしまい、仕方なくこのまま起きることにした。
 まぁ、早く起きすぎたり、寝付けそうにないのには、昨日の事も多分にあるだろうけれど、あまり考えない事にした。
 下手に考えてしまうと、後でまともに顔を合わせられるか不安だった。昨夜だって、顔を見れないで、謝るのだって大変だったのだ。
 ……って、思い出してるうちに恥ずかしくなってきた。

 慌てて身支度を済ませると、さっさと宿を出た。
 
 外に出るとやっぱり暗く、まだ日が昇るまで随分とありそうだった。
 時計を持っていないからはっきりとした時間はわからないけれど、恐らく深夜を回って少し……丑の刻を過ぎたくらい。
 軽く背伸びをして、とりあえず森の方へ向かった。
 フリストの町を出て、近くに広がる森の中へ踏み込む。

 ……あまり人のいない場所が良い。

 こんな暗い時間だというのに、森の外からでも幾つか煙が立っているのが見えた。
 野営している人もいるのだろう。
 誰も眠っているのならいいのだけど、二人以上で行動しているなら少なくとも交代で火の番をしているはず。
 そうなると、煙が見えた場所の近くは避けなければならなかった。

 森の、奥だろうか? 少し深まったところが丁度よく、人目を避けられそうだった。
 付近には人の気配も無く、静かだ。ちょっと、静か過ぎる気もするけれど。

 ……この辺りなら、いいかな?

 用意してきた大き目の布を足元に広げて、帯を解く。
 脱いだ着物は全部纏めて布に包んで、茂みの中に隠した。

 これで動きやすくなった。

 流石に着物を着たまま、運動するわけにも行かない。
 普段の戦闘時には一応の防具として機能してくれるけれど、こんな事で汚したり破いてしまったらちょっと落ち込みかねない。

「……ん、っと」

 軽く体を動かしてみると、思ったよりも黒い布地は体に馴染んだ。
 布面積は大きくないけれど、動きの邪魔にはならないし、人に見られても恥ずかしくない程度には肌を隠してくれてる。
 町に留まって数日、偶然とはいえ良い物を買えたみたいだ。
 どうやらこのアンジニティは、荒んでいるとは言っても、別世界から人が流れてくるからか技術はそれなりに発展してるらしい。
 あくまでそれなりに、ってだけで、流石に電話とかパソコンとかまではありそうに無いけれど。

 まぁ、そこまで求めるのは贅沢だよね。

 少しばかり懐かしくなったけど、仕方ないと諦めた。

 さ、てと。
 糸と苦無を取り出して左手に持つ。
 村正は紐を使って、落さないよう腰の辺りに結びつけた。

 これでよし。

 準備は大体、出来たと思う。
 装備はちょっと間の抜けた感じになってしまってるけど、元の世界に居た時みたいに万全な状態は望みようが無いし。
 それでもやっぱり、こう、武器が少なくて落ち着かない。
 流石に銃は消音機も付いてないから音が煩いしもって来てないけど、もう少し、二つ三つくらいは仕込んで置きたくなるのは、多分職業病に近い何か。
 昔から暗器を中心に扱ってたから、多分尚更。
 苦無と糸だけじゃ、ちょっと寂しかった。

 なんて言った所で、暗器の調達なんて望むのは難しいだろうし、これもやっぱり諦めるしかないよね。
 糸が手に入ったのだって奇跡みたいなものなんだし、暫くはちゃんばらと撃ち合い主体で頑張るしかないんだろうなあ。
 実はどっちも、あまり得意じゃないのだけど。それでも刀はまだずっと触ってる分それなりだけど、銃は正直、的当てが出来るくらいでしかない。
 もらったは良いけれど、あまり使いこなせてるとは言えなかった。

 軽くため息を漏らしながら、木の上に飛び乗った。

 さて、どうしようかな。

 別に何をしようと思ってここまで来たわけじゃないから、少し困った。
 ちょっと体を動かそうとは思っていたけれど、何をするかは決めてない。

 ……あぁ、でも。

 あまり気にしなくても良さそうだった。
 気配を探れば、近づいてくる物が一つ。
 夜明け前とは言っても、夜行性の動物にとってはまだまだ活動時間。獲物を探して彷徨っている生き物が居ても不思議じゃない。

 気配を消して、近づいてくる気配へと近寄っていく。
 最初に考えていた運動とは違ってしまったけれど、まぁこれはこれでよかった。
 とりあえず、最近鈍り気味だった技と勘を取り戻せればそれで十分。

 慎重に目視できる距離まで近づくと、相手の姿が見えた。
 月明かりも曖昧にしか届かない森の中、相手はどうやら四足の獣。
 しきりに鼻を動かしているのを見ると、匂いを追っているようだった。

 面倒くさいなぁ。

 気配は消せても、体臭までは都合よく消すのは難しい。
 こっちに来てからは調整もしていないし、人並みには匂いもするだろうから、下手に近づくのは危ないかも。
 幸い夜目は十分に鍛えてあるから、簡単には気づかれない距離を維持できているし、少し様子を見よう。
 こんな事で見つかったら情けなさ過ぎる。

 でも、魔法を使ってくるような相手だったりすると、案外あっさり見つけられてしまうかもしれないけど。
 とりあえず、こうしてみている限りでは魔法の類は使ってきそうに無いけれど、この世界での外見は選挙での声明文以上にあてにならない。
 それこそ身に沁みて知っている。いつかの迷子は未だに印象が強くて忘れられそうに無いくらいだ。

 そのまま遠目に観察していると、どうやら私の匂いを辿って着物を隠した場所に向かっているみたいだった。
 思った以上に正確に嗅ぎ分けているのか、迷うそぶりすら見せない。

 これなら……。

 先回りして元の場所を目指す。
 これなら仕掛けが出来る。

 暫くして。

 木の上から降りてみると、私の仕掛けた糸によって、細切れにされた肉片が転がっていた。
 思ったよりも呆気なく終わってしまった。どうやら、昼間相手にしていたような不思議生物でなく、普通の動物だったらしい。
 少し悪い事をしたような気もするけど、まぁ仕方が無い。せめて手ぐらいは合わせてあげよう。南無南無。

 っと、そんな事よりも。
 今の問題は糸の回収だ。放っておくと誰かが引っかかって大怪我しかねない。

 肉片に絡みついた糸を引き剥がしていく。
 拾い上げようとちょっと引っ張ると、肉が裂けて糸が取れた。

 ううん、参ったなぁ。思ったよりもべったり血がついちゃってる。
 まぁ、洗えば落ちるからいいんだけど、流石に面倒くさ……? ん、血?

 ……あぁぁぁぁぁぁぁ。

 思わず両手膝をついてしまった。横から見たらまさにorzだ。
 あぁもう、なにやってるんだろう!
 こんな派手に殺しちゃったら、血を撒いちゃったら……。

 なんて思っている間にも、いくつかの新しい気配を感じた。

 ……ほら、こうなる。

 血の匂いに釣られてまた動物が集まってきてる。
 多少距離が離れていても、敏感な相手は気づくのだ。

 できれば普通の動物はもう相手にしたくないのだけど、どうしたものだろう。

 仕方ない、何とかしよう。
 ほら、逃げるのは忍びの本領だしね。



 ……木々の隙間から、白み始めた空を見上げると、鳥が飛んでいた。

「……あぁ、もう」

 木の幹に凭れて座り込むと、すっかり気が抜けて、疲れまで感じた。

 集まった動物達から逃げてるうちに、不思議生物と遭遇しちゃったり、野営をしてた関係ない人を巻き込みそうになったり、わりと散散だった。
 あれ、おかしいな、逃げるのが本領ってあれ。

 ……まぁ、細かい事は気にしない事にしようと思う。うん。

 やっと一息つけたところで、念のためにと持ち物を確認しようと思った。
 着物の包みはちゃんと回収してある。
 使った糸も、拾って巻きなおした。
 村正も落したりしていない。戻ったらちゃんと手入れをしよう。
 そして苦無。苦無もちゃんと、回収した。本来使い捨てる道具だけれど、次の調達のめどが立たないこの世界では、使い捨てるのは好ましくない。
 だから使うときも、糸で繋いで回収できるようにしてある。
 けれど、そんな苦無は。今日は一度も、まるで命中しなかった。

 苦無は元々必殺の武器ではないし、投擲する場合は牽制、視界や間合いの外からの不意打ちの為に使う物。
 そして主な用途は武器でなく、スコップのように使ったり、壁を登るのに使ったり。そんな雑多な用途に使うための装備だ。
 だから、ある程度は仕方ない。武器としても使うけれど、その用途はどちらかと言うとオマケなのだ。

 とは、言ったものの。
 今回は武器かどうか以前の問題で。
 当たらないのはまだしも、狙った所に真っ直ぐ飛ばないのはお話にならない。
 いや、それも仕方ない事ではあるのだけれど。

 私の苦無は、もうボロボロになっていた。

 当然と言えば当然の事で、ただの石から作ったのだから、強度もまぁそれなりでしかない。
 なのに私と来たら、普段と同じように使っていたからあっという間に削れて行って、気が付けば使用に堪えなくなっていた。
 数日前には気づいて、だから譲ってもらった銃を使っていたのだけれど。やはり苦無は持って置きたい。
 
 もったいないけれど、やっぱり銃でなく苦無の方が私には使いやすい。
 引き金を引くよりも投擲するほうがまだ上手くやれる。
 あの銃は苦無を作るために使おう。三郎さんに頼めばきっと何とかやってくれるだろう。
 今の苦無は、残念だけどもう使えない。
 折角作ってもらったのに、申し訳ないけれど。

 苦無を作ってくれた、狐耳の女性を思い出した。
 彼女は依頼を快く引き受けてくれて、私の格好に興味を持ってくれたのか、少し話をして、今も時折やり取りをしている。
 あのヒトは。あの二人組みは、どうやら少し、私の事を気にしてくれているようだった。
 特別な事をしてもらったわけでも、言ってもらったわけでもない。
 けれど、それでも嬉しいとは感じた。

 自分の……今は隠れていない腹部に目を落す。

 一番目立つ、火傷の痕に視線が延びた。
 左側に広がる火傷の痕、そのすぐ近くに、もう一つ目立つ刀傷がある。
 左胸のあたりから、臍の近くまで真っ直ぐ伸びた白い傷跡をなぞると、今度は右胸の下。
 右わき腹にかけて広がる、青黒い痣のような痕。薬と毒によって変色した、消える事の無い痣。
 そして、今は布地の下に隠れているけど、胸の辺りには幾つもの注射跡が残っている。
 薄れてはいるけれど、目立つ一つの他にも幾つだって刀傷は残っていて、火傷の跡も一つではない。

 あまりにも醜かった。
 とても、見るに堪えるものじゃない。

 けれどあのヒトは、この傷跡に勘付きながら、笑い飛ばしてくれたのだ。
 勿論、こんな酷い有様だとは、思ってもいないだろうけれど、それでも、それで嬉しく感じた事は本当だ。
 きっとあのヒトは、たとえこの傷跡を見たって気にしないんだろう。大した事じゃないと、鼻で笑うかもしれない。
 まだ、知り合って間もなかったけれど、不思議とそんな気がした。
 それは凄く勝手な想像だったけれど、私にはどうも、彼女はそういうヒトのように思えた。

 ――それはきっと、似ていると感じたから。

 私と友達になってくれた、あの奇特な先輩達と。

 くノ一科の中でも変わり者だった三人組。
 年齢不詳の先輩と、私と同じ年頃の二人。
 大切な事も、余計な事もたくさん教えてもらった、私の大切な友人達だ。
 そんな先輩達に……特に、あのヒトは先輩に似ている気がしたのだ。

 まぁそれも、あくまで今感じている印象でしかないけれど。
 きっともう少し話をすれば、違う印象を持つのかもしれない。
 けれど今は……。

 ――先輩と出会ったのは、私の十四回目の誕生日が過ぎた頃だった。

 私が一人でいた時に、偶然、先輩達と遭遇したのだ。
 どうも私はくノ一科でも多少なり噂になっていたらしい。曰く、『蛍様の娘が普通科に居る』
 里を代表する忍びともなった人間の娘が居て、しかもクラスに馴染めないで居るらしいだとか、そんな噂が流れていたのだとか。
 でも、そんな噂があったから、先輩達は声をかけてくれた。

『あんたが噂の、蛍様の娘かい?』

 そんなふうに、割と無遠慮に、馴れ馴れしく、先輩達はやってきた。
 自分では良くわからないのだけれど、私はもう一目見ればわかるほど、母に似ているらしい。
 そして先輩達は、強引に私の世界へと踏み込んできたのだ。

 それから気づくと、先輩達に混ざって遊ぶようになった。
 クラスも違うし、先輩達はくノ一科の寮に住んでいたから、学校で会う事は無かったし時間も合わない事がよくあったけど、それでも多くの時間を四人で過ごしていたと思う。

 何度も遊んで、親しくなって……。私たちは互いに踏み込んだ話もするようになった。

 胸の傷跡に触れた。
 この傷跡の事も、話した事がある。
 先輩の部屋に泊まったとき、私が傷跡の事で悩んでると打ち明けると、先輩は笑って、

『そんなの気にする事ないよ。あんたは十分かわいいし、綺麗だし、そんなのなんて事ないって。少なくとも、あたしは揚羽の事抱けるね』

 なんて、すごい事を言ってくれたのを覚えてる。
 しかもそれだけじゃなくて、その後で本当に押し倒してくるのだから、とんでもない人だったと思う。
 ……まぁ、それで流されちゃう私もどうかと思うけども。

 その時は、そう言った手前、気を使ってくれたのかと思ったけれど、そんなわけでもなく。
 その後も酔った勢いで、とか。遊びに行ったら捕まって、とか。色々……。
 三対一で散々苛められた事もあった……なぁ。その後でやり返したけども。
 ……今思い出すと私も大分どうかしてた気がする。いつの間にか先輩達に馴染んでいたし。

 懐かしいな。
 友人関係、って言うには随分と不健全な関係だった気がするけど。
 それでも私にとっては、大切な友達で、憧れの先輩だった。

 まぁ。
 もう、誰も生きてないけれど。

 目を閉じた。
 ちょっと動きすぎたかもしれない。
 あの頃を思い出していたら、少しずつ眠気が出てきた。

 ……少し休もう。
 まだちゃんと日が昇るまで時間がある。

…………………………
………………
……

 ――微かに、物音が聞こえた。

 『それ』に気づけたのは本当に偶然だった。
 浅い眠りだったとはいえ、聞き取れたのは奇跡のようなものだ。

 体を起こしているような余裕もなく。
 私はその場で転がった。

 紙一重の差で、木の根元に苦無が刺さる。
 すぐさま立ち上がって、周囲に意識をめぐらせた。

「――――ーっ!?」

 ぴりっ、と。

 首筋に視線を感じた。

 振り向いても、既に気配は無い。
 もう居なくなってしまったようだ。

 首筋を撫でる。
 なぜか、感じた視線には、覚えがあるような気がした。

「誰……?」

 問いに答えてくれる人も無く。
 突き立った苦無が、陽光に照らされていた。
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