たまごブログ 別館
泣き虫忍者の日記帳(SicxLives ~Link&Link&Link~)
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焔の月 十八日目
――私にとって、思い出とは痛みの記憶。
私は友人が少ない。
それこそ友人と呼べたのは、先輩たち三人くらいなものだった。
けど、そんな数少ない友人の中でも彼女は特別で、それは多分、親友とでも呼ぶべきだったのだろう。
例に漏れず、孤児だった彼女は、拾われてくノ一科へと入れられた。
自傷癖のあった彼女は、三人の仲で一番成績が悪く、科内でも落ちこぼれと言われていた。
そんな彼女が、私にとって一番の友人だった。
「……命令無視の独断専行、危険を省みない単独行動。標的との過剰接触、任務外の不要行動」
淡々と報告書に書かれた問題点が読み上げられていく。
椅子に座る初老も過ぎただろう男性が机に頬杖をついてあきれた顔をしていた。
「まったく、またずいぶんとやってくれたのう、揚羽よ」
報告書を投げ出して私を呼んだこの人物が、ここの里長……頭領と呼ばれる里のトップだ。
「お前さんよ、こうして問題になるのがこれで何度目か覚えとるか?」
「えー……っと、どうでしたっけ。ちょっと、覚えてないです」
「50と3度目。こんなところでボケなくともよいわ」
頭領は疲れたように言うと、これまた疲れた表情を私に向けた。
「任務こそ果たせたものの……庇うわしの身にもなってくれんか」
「いつもすいません。感謝してます」
「……その手の台詞、何度目か覚えておるか?」
「50と3回目ですね」
「殴ってもよいかな?」
「避けても良いのでしたら」
頭領はぐったりと肩を落としてため息を吐いた。
「……理由は、また聞いたところで答えんのだろうな?」
「はい」
「まったく、お前さんはとことん、忍びに向かんやつよな」
頭領は困ったように白が混じる頭を掻いた。
最近になって、頭領の頭にまた白髪が増えたみたいだ。
「そう、かもしれませんね」
実際、こう何度も命令違反、無視をするような人間は、向いてないどころではないだろう。
本当ならとっくの昔に処分されているはずだ。
けれど、頭領のお陰で処罰は受けてもこうして、まだ見苦しくも忍びとして働いている。
「とはいえな、もう庇うのも限界かもしれん。お前さんを問題に挙げる声も随分と増えてきた」
「……はい」
「これもまた何度も言ったことだがな……今度こそ本当に、次は無いぞ」
「わかりました」
「本当にわかっとるのか?」と、訝しげに睨む頭領に、誤魔化すように笑い返した。
「まぁよい。暫くは謹慎しておとなしくしとれ。何かあれば追って知らせる」
「はい。では失礼します」
退室するとき、深刻そうな表情で頭を抱える頭領を見て、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
「……はぁ」
扉を開けて一息ついた。
……本当に、つまらない任務だったのだ。
失敗こそ許されないものの、私一人で十分どころか、人数が居ても邪魔になるだけに思えた。
全部一人で終わらせるほうがよっぽど早く確実に終わりそうに思えて、独断で動いた。
それであっさり片付いてしまったのだから、本当に簡単な仕事ではあったのだ。
どれ位簡単だったかって言うと、たとえるならマ○オの一面クリアくらい簡単だった。
それはもう楽なもので、常時スター状態みたいなものだった。
……まぁ。
だからって命令違反してもいい理由にはならないのだけど。
廊下で何人かとすれ違う。
誰もが私に冷ややかな視線を向けた。
当然だ。
これだけ勝手な行動ばかりしているのだから、好意的に思われるわけが無い。
わざわざ立ち止まって声をかけてくる人もいた。
「おぅ疫病神さんよ、また問題起こしたみたいだな」
……今度は疫病神らしい。
死神だとか疫病神だとか、神様って言うのには随分と簡単になれるようだ。
こういう相手にいちいちかまっていられない。
適当に聞き流して外に出た。
……憎いくらいに晴れ渡った空だった。
太陽がまぶしい。
さて、これからどうしよう?
謹慎と言われたから、というわけでもないけれど、このまま家に帰ると呼び出されるまでずっと家から出ないような気がした。
……先輩の部屋にでも行こうかな。
特別理由は無い。なんとなく気が向いただけだった。
先輩の部屋はもちろん、くノ一科の寮内にある。
だから本当は出入りも厳しく制限されているのだけど、昔から随分と入り浸っていたせいか、いつの間にか顔パスで入れるようになっている。
まぁその理由には多分に、先輩の友人だったというステータスが影響してるのだろうと思うけれど。
先輩はそれだけ、くノ一内での影響力があったのだ。
先輩が居なくなっても、それは薄れる物ではないらしい。先輩の部屋が当時のまま残っていたり、私が堂々と出入りできるのがいい証拠だ。
私の通った、特に懐かしくもない校舎を迂回して、里の外れに位置するくノ一科の校舎……までは行かず、わき道にそれて寮を目指す。
私が通っていた本科への道よりも、この道のほうが懐かしく感じる。もう四人で歩くことは無いのだと思うと、少し寂しくなった。
少し歩いて、寮の門が見える。そこに、誰かが立っていた。
門の前に人が居ることは、別に珍しいことでも不思議なことでもない。
ただ、その姿には、どこか見覚えがあって、
「……揚羽?」
振り向いた人は、私の名前を呼んだ。
「久しぶり」
再会した親友は、少し、髪が伸びていた。
「……懐かしいなぁ」
寮の中を並んで歩く。
ただ廊下を歩いているだけなのに、彼女はとても楽しそうだった。
「久しぶりだもんね」
「っと言っても、まだ二年くらいだけどな……ぉ」
途中、彼女の足が突然止まった。
振り向いてみると、一つの部屋の前で立ち止まっていた。
「入ってみたら?」
「いや、いいさ。もうあたしらの部屋じゃないしね」
「そう?」
「そう」
言って、再び歩き出した彼女は少し、寂しそうな背中をしていた。
……素直じゃないなぁ。
まぁ、私も人のこと言えないけれども。
そして、私たちにとってもっとも思い出の深い部屋までやってきた。
「……そういや、鍵はかかってないのか?」
「掛かってるけど、鍵は持ってるから」
言いながら取り出して、鍵穴に挿し込んだ。
軽くひねると乾いた音がして鍵が外れる。
私はいつものように扉を開けて、部屋に入った。
部屋の明かりをつけると、彼女から嘆息するような声が聞こえた。
「うわぁ、変わってないなぁ……」
懐かしそうに彼女は部屋を眺める。
「私が持ち込んだ物もいくつかあるけど、他は昔のままだよ」
「へぇ……って、よく来てるの?」
「時々。掃除しに来たり、ぼぅっとしに来たり」
「ふぅん、そうなんだ。……ありがと」
「ううん、私がやりたかっただけだから」
「そう?」
「そうだよ」
「そっか」
彼女は少し笑いながら、パソコンデスクの椅子に腰掛ける。
私もいつもそうしていたようにクッションをとって座った。
「……なんか、寂しくなっちゃったな」
「そうだね」
本当は私の隣にもう一人、ベッドの上にもう一人いたはずだ。
なのに、今は私たち二人だけ。
「おかしいなぁ。私のが先に死ぬと思ってたのに」
苦笑するように彼女は言った。
「それなら私のほうこそ、こんな生きていられるなんて思って無かったよ」
さんざん好き勝手に無茶を繰り返してきたのに、私はなぜか今もこうして生き延びている。
正直、自分でも不思議に感じる。
「……そうか? 揚羽くらい能力があれば当然な気もするけど」
彼女が首をかしげた。
そうでもない、と思う。
確かに多少人より任務の遂行力はあるかもしれないけど、それだけだ。
むしろそのせいで危険度の高い任務にまわされているだけ、いつ死んでもおかしくなかった。
「ま、 の後を追わなかったのは以外ではあったけど」
――――、
「……そう、だね」
――――
「でも、ほんと、笑っちゃうよな。落ちこぼれだったあたしが生き残って、あの二人が居なくなるなんてさ……」
「そうかな」
そんな不思議なことでもないと思う。
確かに彼女は成績は悪かったかもしれない。けれどその代わり、昔から運が強かった。
戦中に生き残れるかは能力の有無よりも、その人の運によるところが大きいと私は思っている。
だから彼女が生き延びているのも、私には余り不思議でなかった。
「そうだろうよ。……なぁ、あいつは、どんな顔してた?」
「……笑ってたよ」
「そうか……。それなら、よかった」
安心したように彼女が笑った。
寂しそうに肩をすくめる。
「しかしなぁ。先輩まで居なくなるなんて思ってもみなかったよ。あの人は、何があっても笑いながら帰ってくると思ってたんだけどな」
彼女は背もたれを軋ませながら言った。
「そうだね」とは、言えなかった。
……あの人は、先輩は確かに強い人だったけど。
当然のように弱さもあって、よく、泣いていた。
多分、私しか知らないのだろうけど。
「まだ、行方不明のまま?」
「そうみたい。まだ何も見つからないって。『抜けた』可能性もあるから一応探しているらしいけど……」
彼女が頬杖をついて思案するように言う。
「あの人が抜け、ねぇ? あると思う?」
「先輩ならそれくらいやっても、不思議じゃないかな」
「はは、だよね」
頷きながら笑う。
彼女も私と同意見のようだ。
「だったらさ、このまま生き延びたらまた会えたりするのかな」
「……かもね」
その可能性は低いけど、ありえると思う。
あの先輩が死ぬとは思えないから、生きてさえ居れば、いつか、どこかで。
そう、生きてさえ居れば。
「……なぁ、揚羽」
「ん?」
呼ばれて顔を上げると、彼女が神妙な表情をしていた。
「今日さ、ここに泊まっていかない? ホテルを取っちゃ居るんだけど、ほら、ここのほうが落ち着くから」
はにかむように言う彼女を見て、私はつい、笑ってしまった。
……彼女はいつも、誘うのが下手だ。
「うん、いいよ」
「――――っ」
白い肌に指を走らせるたび、彼女の体が跳ねる。
荒い呼気に合わせるように、私は指を滑らせた。
彼女と二人のときは、大体私に主導権があった。
性格的な部分でなく、技術の関係だと思う。
彼女よりも私のほうが、多少上手かった。
とはいっても、私は楽しむための技を先輩に仕込まれただけで、墜とす為の技なら当然のように彼女の方が上手だろう。
「はぁっ……」
熱い吐息が漏れる。
懇願するように見上げる彼女に、私は唇を重ねた。
「なぁ、揚羽」
「なに?」
シャワーを浴びて戻ると、うつぶせた彼女が言った。
「次……いつかわかんないけど、次の仕事が終わったらさ――」
起き上がった彼女が、私の腕をつかむ。
「二人で逃げよう。どこか、遠くに」
悲壮な顔で思いつめたように言う彼女をみて――、
――それも悪くないな、と思ってしまった。
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